2011年4月23日土曜日

『魔法少女まどか☆マギカ』最終話まで観たよー

ネタバレ配慮してません注意。

で、家だとテレビ見られんのでニコニコ待ちのつもりだったのだけど、木曜深夜にナガクボにメールで起こされて「まどかみる。うちきなさいよ」「えー。まあいくけど」「まさかくると思ってなかったから急いで片付けました」「えー」みたいな流れで視聴。さやかちゃん大好きらしいナガクボは不満たらたらだったが、個人的には、まあわりと面白かったんじゃね、くらいの評価で落ち着いた感じであります。

以下感想。他の人の感想とか考察とかを(勝手な想像で2chとかコメ欄荒れてそうだし……という理由で)見てないのでわりと頓珍漢なことをいってるかもしれない。

とりあえず、さやかの結末についてちょっとまじめにフォローすると、全ループで魔女化してるっぽいあたりでさやかの命はもうどうしようもなかった、って解釈するとかでいいんじゃないかと思った。魔法少女になった時点でさやかはアウト、と考えると魔法少女にならずに過ごす、という結末はあったかもしれないけど、そうするときょーすけ君は治らんので二択。んで結末では少なくともさやか自身が「あいつの演奏が聴きたかった」って納得してこっちの結末を選んでる、と。まあさやか好きじゃないからわりとどうでもいいんだけど。

なので結局のところ俺の文句は、杏子とかさやかとかの内面を掘り下げた中盤あたりの意味がさっぱりわからん、という点に尽きるのです。十話以降の流れが結末として用意されていたことを考えると、マミさやか杏子の存在意義はなんだったの、っていうとこ。

この結末にたどり着くまでが物語なんだったら、「まどかが自分が現象になるという結論に至る課程」にほむほむ以外の三人が絡んでないのは、おかしいと思う。いや、必ずしも全部絡んでなくてもそりゃおかしくはないけど、絡んでないわりには結構尺を使って掘り下げていて、なのにまったく話の核の部分に関わってないのはなんか無駄過ぎないかなあ、と感じる。

マミさんがマミられたりさやかが魔女化したり杏子が自爆で木っ端微塵になったりしたわけだけど、そういうことが、まどかの願いに影響を与えているようには見えない。いや、見えない、というか、ループの中で似たような展開にはなってるんだろうし、影響してないことがもうはっきりしてるように思える。

今回のループでまどかがああいう結論に至ったのは、例えばループの副作用で因果(経験値)がまどかに貯まっていったせい、とか、ほむほむあの「あなたと違う時間を生きてるの」という慟哭のせい、とかいろいろ理由はつけられるだろうしそれはそれでいいんだけど、いずれにせよどう考えてもほむほむ以外は全然関わってない。物語上でマミさんたちはぶっちゃけ浮いてるし、無駄な存在にしか思えない。

物語の上で彼女たちの内面を掘り下げたのって、つまりワルプルギスの夜を倒せないことへの理由付けというか、障害としてしか機能してないように見えた。「彼女たちにはこういう内面の弱さとかがあるから、ほむらがループしてもまどかが魔法少女になるのを防げませんよ」っていう。で、そんだけっぽいわりには尺使いすぎなんじゃねえの、と。俺、とにかく中盤死ぬほど退屈だったんだけど、あれは何のためにあったの、と。

でもほむほむ好きなのでエンディングには文句ねえや。

まどかがああいう結末に至ったことに関しての是非、はちょっと人によって分かれそうな気がするけど、まあハッピーエンドって解釈していいと思った。あんまり苦い感じはしない。例えばほむらもまどかを完全に忘れていて認識もしてなくて、でもそれなりにニュー世界で幸せに暮らしているよ、という話だったら一つ苦みの残るエンディングだったかもしれんけど(そしてそれはそれでちょっと好みなんだけど)、理由はよくわからんものの普通に記憶もしてるし微妙に認識もしてる感じ。心温まるっていっていい最後だったと思う。虚淵だし。

総じて、わりといいアニメだったんじゃないかと思いました。アニメあんま見ないから他と比べてのできは知らんが。

でも、いま自分の文章を読み返したらこれ、俺がほむら好きだからこういう視点なのであって、例えば話の解釈が同じだったとしても杏子好きだったら、「杏子出てきてからの中盤はエキサイティングで最高だったが、エンディングは他のキャラもしっかり絡んだものになるべき。エンディングはクソ」って評価になりそう。

まあ人間の感想なんてそんなもんだ。

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